鶴梅 蔵人ブログ

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2007年05月29日

古城梅~原木のふるさと~

長野の農協さんに集まっていただいたのは、
「長野古城梅振興会」の方々。
なんと代表の竹内さんをはじめとして
全メンバー7名の農家さんに集まっていただきました。
古城梅振興会.jpg
かなり年上の農家さんばかりで最初緊張しましたが、
お話しするうちに農家さん達のおもいに魅せられてしまい、
こちらの話も熱を帯びました。


農家さん方のおもい。
それは、「ほんものの古城梅を残したい」
といことです。


年々減っていっている古城梅ですが、
その減っている古城梅の中でも、
長野古城の特性を持つ古城梅はまれなのだそうです。
長野古城は1本からなる梅の量がすくなく、
南高梅に比べると収量が少ないためほぼ絶滅寸前なのだそうです。


しかし、逆に収量が少ないため、
その実は非常に鮮烈な酸を持ち、
青々しさも抜群なのです。
そんな長野古城梅を守りたい!!
そんなおもいがひしひしと伝わってきました。


さらに、梅畑を見せていただきました。
畑で古城梅を見た瞬間
あぁやっぱり違う!!と叫んでしまいました。
南高梅や普段見ている(長野原木種でない)古城梅と
まったく違い荒々しくうなるようにたたんずんでいます。
実は本当に少なく、しかし豊かな光沢を蓄え、
輝くように存在をしめしていました。


さらに原木種を発見された那須さんの畑にお邪魔しました。
気さくに政右ェ門さんの孫、那須京子さんが迎えてくれ、
原木種に案内していただきました。


古城梅原木.jpg


原木は、台風で折れてしまい、
命を終えようとしているようでした。
しかし、残っている枝に昔いかにすごい木だったかという
オーラに似た迫力を感じました。
この原木のオーラを持つ梅で梅酒を仕込んだら・・・。
なんだかワクワクしてしまいました。


平和酒造では梅酒の違いを
梅の品種違い(古城梅、南高梅)で
表現するだけで精一杯です。


でもいつか畑別・・・


たとえば
長野地区の原木古城梅で作った梅酒・・・


そんな可能性も感じた長野古城原木との出会いでした。

2007年05月25日

古城梅~失われゆく品種②~

樹性剛健、耐病性が強く果実は
極めて美麗と賞賛された古城梅。
古城梅のふるさと長野の碑.jpg
特に大きくツヤのある実は「青いダイヤ」と称され、
梅酒に最適とされました。
市場で一世を風靡し
昭和50年代から平成初期にかけて
生産量が伸びました。
この平成に入るまでは、
梅酒といえば古城梅といわれるくらいだったのです。


しかし、結実性(実がなる確率)がよく、
梅干にも使え、たくさんの収量が見込める南高梅が
生産量が多くなり次第に古城梅は姿を消し始めます。
現在では、古城梅はピーク時を大きく下まわり、
ほとんどの農家が南高梅に植えかえをしてしまいました。


そんな中、古城梅の発祥の地である長野で
古城梅再興の活動が始まりました。
なんと古城梅の最初に発見された原木から
苗木を育て、広めていこうという試みです。


あまりに興味深くて再興を試みている
「長野古城梅振興会」さんを
5月2週目にお邪魔しました。

2007年05月22日

古城梅~失われゆく品種~

古城梅は和歌山で発見された品種です。
和歌山では江戸時代から梅の栽培が奨励されていた歴史があり、
特に明治、大正時代から盛んになりました。


その中、より優良な品種を探そう
という取り組みが活発になります。
多くの品種の中で最も優良な品種として
選定されたのが「古城梅」。


大正時代後期の話です。
古城梅.jpg
田辺市長野の那須政右エ門氏が
選定した言われています。
(この長野地区の那須氏は
源平物語の弓で扇を射る話の主人公
那須与一の子孫だといわれています。)


その那須氏の屋号が古城(ごじろ)。
屋号をとって古城梅(ごじろうめ)と名付けられました。
②に続く(勝手に連載形式に・・・苦笑)

2007年05月19日

梅の品種 古城梅

品種違いで梅酒を表現してみたい!!
その中でも私は特に使ってみたかった梅があります。
それは古城梅。
ゴジロウメ
と読みます。


南高梅と同様に、古城梅も和歌山で出来た品種です。
古城梅には古城梅の物語があります。
(つづく)

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